実家の住所は、横浜市中区山下町。。。聞こえはいいけど。。。実際のところは、、、

1980年代はじめ、神奈川県横浜市中区山下町で生まれ育ち、
今も、実家は存在している。

住所だけ聞くと、とても立派でさぞかし裕福なんだろうと想像させる、
そんな本籍であることは、学生時代から友人と話す際のリアクションで感じ取っていた。

その度、毎回私はこういうのである、

『住所だけ、実際は物置小屋とか納屋みたいな家だから』

この言葉、このくだりを、何度口にしてきただろう、
いつのまにか、スラッと口から出てくるようになっていた。笑
慣れとは恐ろしいものだ。

すると、友人からは口々に、

『またまた~、そんなはずないでしょ。横浜市中区山下町にそんな家があるわけないじゃん』

と。

世間一般のイメージとしては、やはり、

ある種のステータスすら感じさせる住所らしい。
 
 
 
そんな中、

実際に実家を訪ねてきてくれた高校時代の友人がただ1人だけいる。

そんな稀な経験をした彼曰く、

『マジで納屋だわ。この住所にこんな家があるなんて信じられない。。。』

と。

ゲラゲラと爆笑しながら、言っていた。

今思えば、なんて失礼な奴だろう笑笑

人が生まれ育った実家を、本人の前で爆笑するなんて。

でも、その通りなのである。

まったくもって否定はしない。

『だから、そうだって何度も言ったじゃん。。』

と、言い返したが、おそらく、腹を抱えて爆笑している彼の耳には、

届かなかっただろう。。。
 
 
 
 
 

ところで、何年実家に帰ってないだろうか?

、、、、、、、

、、、、、、、

、、、、、、、

前回、いつ実家に帰ったかも定かではない。

、、、、、、、

、、、、、、、

、、、、、、、

10年前くらいに、結婚の報告をしたときか?
 
 
いやいや、

その後、大学進学のために隠してしていた借金をカミングアウトされて、

さらにお前が返せって言われたときだろうか??(あれは、かなりの修羅場だった)
 
 
それがいつだったか??

まったくもって、記憶がない。
 
 
ただ一つ言えることは、

私の特技が、

嫌な記憶を一瞬で削除することができること

と、

本当に実家が嫌いということだ。
 
 
つまり、

暗く辛かった、幼少時代を自分の特技でサクッと削除したってわけだ。
 
 
 

なにせ、私は、

親孝行なんてする気もないし、したいとも思わない。
 
 

もし、仮に、親が亡くなったとして、

その時に、「親孝行できなくてごめん」って後悔することが、

万が一にもあるとすれば、

後悔した事実が、親孝行になるとすら思っている。
 
 
それだけの覚悟をしてしまった過去がわたしにはあるのだ。

自分が幸せになるためには、自分と自分が本当に愛する人だけ見ていればいい。

それを邪魔する人間はたとえ身内でも自分のプライベートゾーンからは排除するほかない。

と、思うしかなかったのである。
 
 
このように思ったきっかけは、別記事で紹介する(あまりにも闇が深くて紹介しないかも)が、

以下の二者択一だった。

『自分と自分が愛すると決めた家族だけみて、幸せになる』

『自分の両親と道連れに不幸になる』

究極の選択だ。
 
 
 
自分のことだけ考えやがって、どれだけ親がお前を育てるのに苦労したかわかってんのか?!

って声が聞こえてきそうだが、

親なら子の幸せを願うものだろ、とも思ってしまう。
 
 
そりゃ、生んでくれたこと、育ててくれたことに感謝はしている。

ただ、両親に楽をさせるために生まれてきたわけじゃないし、

私にだって、自ら幸せになる権利はある。
 
 
それらを考えたとき、どちらを選択するか、

時間はまったくかからなかった。

また、その決断をしたときから、

気持ち的にも楽になり、すべてがうまく回り始めたようにも思える。

一度、すべてを脱ぎ捨てて、

ゼロからスタートする。

これって、すっごい大事なこと。

 
 
 

出だしが、暗すぎて、

引かれてしまいそうな心配はあるが、

次の記事では、ほっっっそい記憶の糸をたどって、幼少期について、書いていきたいと思う。

 
 
 

つづく。

スポンサーリンク